下田市にある下田循環器・腎臓クリニックの花房院長のブログ

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無限の天才:ラマヌジャンに思う

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RIMG3044RIMG3054RIMG3055半年ぶりのブログ更新です。この夏は忙しさに拍車がかかっており、結局海にも1回しか行くことができませんでした。もともと海で魚を「獲ったどー」をやるつもりで12年前に下田に来たのにねー。この夏は残念なことに、シャント閉塞例が続いてしまい、緊急VAIVT例も多かったようです。当クリニックでのシャント閉塞例対しては、最近ではまず、ウロキナーゼ6万単位投与+VAIVTのみを第一選択とし、血栓が固く、血栓除去が必要な時に限って、血栓除去術+VAIVT同時施行:hybrid手術を行うようにしています。成績も比較的安定しており、再手術例は1例のみでした。現在透析患者さんが110名を超えており、シャント閉塞予防のためにも、シャントの管理にも十分な注意を払っていく必要があるでしょう。                                       ところで、話は変わりますが、先日久しぶりにジュンク堂池袋本店と東京堂書店に行きました。例によって本を大人買いしてしまいましたが、そのジャンルは化学・物理学・医学・生物学・歴史・文学・哲学・社会学など多岐にわたります。さらには「パフェログ」や「東京パフェ学」「きまぐれミルクセーキ」、「きょうもメロンパン」、「純喫茶、あの味」などスイーツ関係本まで5冊も購入!食に対する飽くなき探求は今現在も続いています。本来は、現在ダイエット中であり、片道6kmの自転車通勤に加えて、腹筋300回、腕立て伏せ500回などの運動を相殺するおそれのある過食は慎しまなければいけないのですが、食の制限が緩んでしまいリバウンドに戦(おのの)く今日この頃です。                                    さて、書店で今回驚いたのが、なんと20世紀最も偉大な数学者のひとりと尊敬を集める、シュリニヴァーサ・ラマヌジャンとゴッドフレイ・ハロルド・ハーディー(G.H.ハーディー)の栄光と奇跡そして友情を描いた「奇蹟がくれた数式」という題で映画になったことでした。ロードショーは10月22日だそうで、とても楽しみです。数学者を題材にした映画としては2001年に大ヒットした、ナッシュ均衡などゲーム理論でノーベル経済学賞(正式にはアルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞と厳密には他のノーベル賞とは区別されています)を受賞した、ジョン・ナッシュの数奇な人生を描いた「ビューティフル・マインド」や2015年ドイツのエニグマを解読したり、現在のコンピューターの基礎を作り上げた巨人、アラン・チューリングを題材にした「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」など、どれも素晴しい作品ですが、ことラマヌジャンの短い生涯は劇的でかつ、とてもドラスティックで映画の題材としてはうってつけでしょう。小生は藤原正彦の「天才の栄光と挫折」が「国家の品格」とともに、最も好きな本の一つで、中でもラマヌジャン、チューリングそしてハミルトンの件(くだり)は特に秀逸で、大好きです。それ以降、ラマヌジャンに関する書物はほぼ読破しています。最も数学的理論はさっぱりわかりませんが。さて、ラマヌジャンの生涯を少しだけ覗いてみましょう。時は1913年、ラマヌジャン25歳。イギリスの著名な数学者数名に自らの研究成果を記した手紙を出しましたが、彼らは素人からの手紙として黙殺してしまいました。ところが、四番目、運命の人ハーディーは違いました。ところはイギリス、ケンブリッジ大学トリニティカレッジ。インドの一介の事務員(数学愛好家?)であるラマヌジャンからの手紙を一瞥したのち、ハーディーは日課を熟すため、手紙を放置し、研究室を離れ、昼食を摂り、クリケットに興じていました。途中、どうしてもあの手紙が気になって仕方がありません。最初は「狂人のたわごと」程度にしかとらなかったものの、やがてその内容に驚愕したといいます。というのも、ラマヌジャンの成果には明らかに間違っているものや既知のものもあったのですが、中には、この分野の権威である自分でも真偽を即断できないものや、自分が証明した未公表の成果と同じものがいくつか書かれていたからです。相棒のリトルウッドと検証した結果、すぐにこの手紙を送ってきた一事務員は天才であるとの結論に達しました。こうしてハーディはラマヌジャンをケンブリッジ大学に招聘し、二人の快進撃が始まります。ハーディーは数学者に点数をつけるとすれば、「自分は25点、リトルウッドは30点、ヒルベルトは80点、ラマヌジャンは100点」であると、ラマヌジャンに対して最高の賛辞を残しています。また様々なことをクリケットに例える癖があったハーディは、アルキメデス、ニュートン、ガウスら世界3大数学者を「ブラッドマン級」と呼び、ラマヌジャンはそれと並ぶ天賦の才と称しています。ただ、二人の蜜月はあまり長く続かなかったのです。詳細は映画や本に譲ります。最後に、ハーディー著「ある数学者の生涯と弁明」の中で最も有名な逸話を紹介しましょう。ハーディー・ラマヌジャン数、またの名をタクシー数の話です。1918年2月ごろ、ラマヌジャンは療養所に入っており、見舞いに来たハーディは次のようなことを言いました。「乗ってきたタクシーのナンバーは1729だった。さして特徴のない、つまらない数字だったよ」これを聞いたラマヌジャンは、すぐさま次のように言いました。「そんなことはありません。とても興味深い数字です。それは2通りの2つの立方数の和で表せる最小の数です」。つまり、1729=1³+12³=10³+9³となります。何気ない会話で車のナンバーの話をすること自体天才同士の会話なのでしょう。小生は「先日見かけた車のナンバーが8723(ハナフサ)だったよ」(写真参照:たまたま甥っ子が前を走る車のナンバーに気がついたため撮影)位の話しかできません。夭逝の天才ラマヌジャン。この先もこんな天才は現れないことでしょう。「奇蹟がくれた数式」今から楽しみです。

 

 

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