下田市にある下田循環器・腎臓クリニックの花房院長のブログ

下田循環器・腎臓クリニック
院長ブログ
2022年11月20日

聖帝サウザー降臨 内臓逆位とサウザー

武論尊原作 原哲夫作画の漫画、北斗の拳が集英社の少年ジャンプに掲載開始となったのが1983年のことです。北斗の拳は全世界で漫画で累計発行部数1億部、ゲームやキャラクター商品などの関連商品を含めると、その売上高はなんと約3兆円という驚異的な数字をたたき出しています。当時、少年ジャンプが発売されると、地元の友達の中ですぐにこの漫画の話題となっていました。主人公ケンシロウのみならず、その兄、ラオウやトキ、南斗水鳥拳のレイや元斗皇拳のファルコなど魅力的なキャラクターが多いのです。ケンシロウは南斗聖拳のシンを皮切りに、その後さまざまな宿敵に遭遇し、戦ってゆきます。中でも最強と言われるのが南斗鳳凰拳の伝承者、聖帝サウザーです。登場人物の中で小生が最も好きなキャラクターです。内容の詳細は漫画に譲りますが、とにかく残虐かつめちゃくちゃ強いのです。幼少から師であるオウガイに育てられ、一子相伝の南斗鳳凰拳を習得します。とても強くてカッコいい魅力的な人物なのです。人気投票でも常に上位に挙げられています。主人公のケンシロウも最初の戦いでは惨敗を喫します。なぜか? 相手を倒すためのツボ=経絡秘孔へ正確に拳を当てても、本来であれば死んでしまうはずなのに、サウザーは死ぬどころか、全く秘孔への打撃が効かないからです。結局は返り討ちにあってしまい、重傷を負うのです。ケンシロウに重傷を与えたキャラクターは多分いなかったと思います (ラオウやカイオウも強いけど)。しかし、2回目の戦闘で、ケンシロウは気がつくのです。内臓が逆。秘孔も逆と。つまり、聖帝サウザーは内臓逆位だったのです。戦いもいよいよクライマックスにさしかかり、形勢が極めて不利となったとき、乾坤一擲の大技を放つ刹那にサウザーの生き様を表象する次の3語を叫びます。「退かぬ 媚びぬ 顧みぬ 帝王に逃走はないのだ!」と。ラオウの「わが生涯に一片の悔いなし」という言葉とともに、北斗の拳を代表する名言となりました。結局、内臓逆位に沿った経絡秘孔を突かれてサウザーはケンシロウに敗れてしまいます。因みにサウザーは帝王として生きる前に「愛ゆえに人は苦しまねばならぬ。愛ゆえに人は悲しまねばならぬ」というもう一つの名言を残しています。とにもかくにも、サウザーとは、めちゃくちゃカッコいい漢 (おとこ) なのです。

内臓逆位 (症)。situs inversus。内臓錯位=situs ambiguus =heterotaxy=isomerism heart≒無脾症・多脾症とは区別していますが、こちらはいずれお話ししようと思います。内臓逆位は頻度が少ないため、正確な頻度は不明ですが、だいたい8000例から20000例に1例程度とやや幅がありますが、非常にまれな状態です。完全な内臓逆位は、他の臓器に異常がなければ、全く問題になることはありません。問題があるとすれば大きく2つでしょう。一つ目は、カータゲナー症候群 (線毛機能不全症候群) の合併です。これは、慢性副鼻腔炎および気管支拡張症を合併した病気で、細胞の線毛の運動に関連するモータータンパクであるダイニンの遺伝的異常で起こる病態とされています。そしてもうひとつは、手術時に、本来あるべき位置に内臓がない (例えば虫垂は右にありますが、内臓逆位の場合は虫垂が左にあります) ため、誤診や手術手技の変更を余儀なくされることもあります。例えば、虫垂炎の手術は、通常、右下腹部に小斜切開を置きますが、この部分に虫垂はないため、大きく開腹するか、左側に切開を追加する必要があります。ただし、現在は虫垂切除術は腹腔鏡で行うことが多いため、このようなことは起こらないかもしれませんが。

実は小生の内臓逆位の診察例は5例 (isomerism heartは除く) あります。下田で旧横山クリニックでも1名経験しています。はなしは1996年の冬にさかのぼります。国立循環器病センター (現 国立循環器病研究センター) でレジデント1年目の時です。夜に腹部大動脈瘤破裂の患者さんが緊急搬送され、緊急手術となりました。術者は血管外科部門医長の安藤太三先生 (前藤田医科大学教授) 。「あれ、胸部レントゲンが逆じゃないか」といって、シャーカステンの胸部レントゲンを裏表逆にして、正常位置の状態:つまり心尖部が左側に位置する状態 に戻しました。動脈瘤破裂のため、すぐさま開腹しましたが、後腹膜に多量の血腫があり、血腫を除去し、血の海となっている中に、遮断すべき、大動脈が見当たらない。下大静脈が前面に見え、いつもの風景とは趣を異にしていました。何とか、neck=遮断する正常径部位の大動脈を見つけだし遮断はしたものの、かなり梃子摺っていました。なんとか出血を抑え、Y型人工血管置換術を完遂しました。患者さんは救命されたため、ひと安心しましたが、この患者さんは内臓逆位だったのです。レントゲンは最初に掲示した状態が正しかったんですね。つまり心尖部は右側に位置し、右胸心となっています。完全な逆位のため、肺は右が2葉、左が3葉、胃と脾臓は右、肝臓は左に位置します。化学でいうキラル (光学異性体:つまり自身とその鏡像を完全に重ねることができない分子同士の関係) の関係にあります。このような例は極めてまれではありますが、画像の確認を術前に必ず行わなければならないという、良い教訓となりました。

さて、ここからが本題。皆さん、サウザー遺伝子 (Myo31DF souther) という遺伝子をご存じでしょうか。現大阪大学教授で当時東京理科大学助教授であった松野健治教授が発見した遺伝子で、内臓逆位に関連する遺伝子です。2006年にあのネーチャーに ”An unconventional myosin in Drosophila reverses the default handedness in visceral organs.  Nature 440 798-802 2006” という論文が掲載されました。日本語にすると大凡  ”ショウジョウバエにおける定型的ではないタイプのミオシンは内臓を左右逆転させる” となります。souther変異体は、細胞内で物質の運搬に関わるモータータンパク質であるミオシンのうちMyo31DFというタイプのミオシン遺伝子に異常があり、これによって内臓逆位が引き起こされたとなっています。内臓が左右非対称かつ、脾臓が左、肝臓が右に位置するというのは当たり前のことのように思われがちですが、様々な遺伝子がかかわって、内臓の位置が正常位となるわけです。生物の左右を決定する機能に関わる遺伝子の中で、最初に発見された遺伝子なのです。松野教授は北斗の拳を愛読していたため、内臓逆位を有する聖帝サウザーに因んで、サウザー遺伝子と命名されているのです。お堅いイメージの自然科学の中でも、とりわけとっつきにくい領域に、サウザー遺伝子なんて、なかなか粋ですね。おそらく発見したときは、アルキメデスが「エウレカ (わかったぞ!) 」と叫んだように、教授らのチームはきっとこう言ったことでしょう「おまえの体の謎、見切ったア」と 「おもしろ遺伝子の使命と氏名:島田祥輔 オーム社 平成25年発行 参照」。大発見の喜びも一入だったことは想像に難くありません。

ほかにもピカチューやポケモン、スターウォーズのヨーダや羽衣や盆栽など、オモシロ由来の遺伝子が存在します。また、おりを見ながら話してゆきましょう。

来年は北斗の拳が連載開始され、40年を迎えます。南斗鳳凰拳 聖帝サウザーは今もこれから先も生き続けてゆくのです。サウザーに乾杯!!